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三菱自動車パジェロの国内販売終了について

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今回、三菱パジェロ国内販売終了に至り、パジェロについて、語ってみようと思います。

《パジェロ》と言う名、初めて世に繰り出したのは1973年。それは第20回東京モーターショーでした。J52型JEEPをベースとしたこの車体に当然の如く、大きな関心を示す者は《ほんの極僅か》でした。

しかし、その6年後の第23回東京モーターショーにて《パジェロⅡ》として登場。馴染みやすいフロントマスク、フロント脚廻りを従来のホーシングから独立懸架(フロント側)の全く新しいコンセプトのクロカンSUVへと進化。

 

この進化を遂げた4WD車には、物凄い熱い関心と視線が人々から注ぎ込まれ、それにともない三菱内部でも商品実現化が急務とされました。

 

更に、1981年の東京モーターショーへ参考出品を経て翌年1982年4月、遂に正式発表の日を迎えたのでした。

パジェロデビュー

 

1953年
三菱とUSAウィリス社との提携 JEEPの生産を三菱も開始。

1955年
主要部品を含め完全国産化に成功

それ以降、JEEPはTOYOTA自動車のランドクルーザー、日産自動車のパトロール 等が持ち得ない、また、ずば抜けた悪路走破性により、
その地位を不動の物にしました。

 

しかし、1970年代他社ライバルが輸出指向を高め、一方 三菱はJEEPの輸出を思うように出来ず様々な事情に苦しめられました。それはUSAウィリス社との契約内容により《三菱JEEPは東南アジアを除く海外への輸出を制限する》と言う項目が含まれていた為です。

 

そこで、契約内容に縛られ無い《独自のコンセプト4WD車の開発》が急務となり輸出可能なコンセプト4WD MITSUBISHIパジェロ が今日に至る存在でした。しかし、時代の流れ、低燃費、充実機能、 高性能開発等からTOYOTA自動車や日産自動車に押され国内販売の低迷から、《輸出方向にせざるおえない》と言う決断に至ったそうです。

 

僕個人のパジェロのイメージとしては、パリダカールラリーのイメージ【砂漠のスポーツカー】が非情に強く、今回の決断は本当に残念極まりないですね。

 

何しろ、自動車歴史の永い、フランスのプジョー【こちらは砂漠のライオン】・シトロエングループに真正面から立ち向かう三菱の姿勢、開発思考やアイデアには見張る物があり、例えばドライブシャフトの冷却だけを見ても、シトロエンは解決に至るまで2年を要しても三菱は独自の技術理論でほぼ半年で問題解決してしまう等、とても高いレベルの熱意が感じられます。

 

時代の流には逆らえないとしても、開発者の熱意、少しでもこの記事で伝われば、大変嬉しく思います。

 

今度は輸出専用モデルになるので、お目見えしましたら、是非紹介したいと思います。勿論、逆輸入での入手する術も有りますから、Crazyなファンには、何も問題は見当たらないとは思いますが。皆さんはいかがお考えでしょうか。

“ライトニング・ケンジロー”がふたたび12年ぶりのサハラへの挑戦が本格スタート。“完走でみんなを元気に”を目指す!!

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日本人として初めてWRC世界ラリー選手権とパリ-ダカール・ラリーで優勝、
日本で“パリ・ダカ人気”の火付け役となった
ライトニング・ケンジローこと篠塚建次郎が、
70歳となる節目を12月30日〜19年1月13日に開催される
アフリカ・エコレースに参戦予定。
現在挑戦のための支援を『CAMPFIRE』で受付中だそう。
 篠塚は三菱自動車の社員ドライバーとして、
世界中でラリーに挑戦し
1991年にはミツビシ・ギャランVR-4(E38AのGr.A)
WRC世界ラリー選手権で日本人として初優勝を飾り、
ダカールラリーには長年参戦。
1980年代には、当時“パリダカ”の愛称知られた
パリ〜ダカールラリーでミツビシ・パジェロを駆り、
日本でのダカールラリーの知名度を大いに上げる存在となった。
在、クラシックカーラリーに出場するなど、
“現役”としてラリー活動を続けている。
 「今年の11月に70歳になりますが、
やはり砂漠を走りたいという思いが強くなっているんです。
今、ダカールラリーは南米で行っていますが、
南米はそれほど興味がなくて・・・。
サハラ砂漠を走りたいのです。
私と激しいライバル関係にあった元F1ドライバーの
ジャン-ルイ・シュレッサーというドライバーが、
アフリカ・エコレースを主催しているのです。
アフリカは治安が悪く、
ラリーが開催しにくいとの事だったのですが、
アフリカ・エコレースは7年間も無事に行っているので、
走れるのではないか?」と篠塚建次郎。
現在のところ、モルフォ小澤社長は
「全面的にバックアップ」と宣言し 、
2019年1月に行われるイベントに向け、
 篠塚建次郎  の“夢”は動き出したばかりで、
今後スポンサーを集め、 今回、いすゞD-MAXで過酷なサハラ砂漠に挑む篠塚だが、
今回の参戦の目標は『完走』という一言。
団塊世代と呼ばれる同世代に元気を届けることが出来れば・・・。
と  篠塚建次郎。
期待をかけたいものです!!

ポルシェカイエンの中古車としての魅力とは?

ポルシェカイエン

こんにちは!MEDUSAのスズキです!

 

今回は、ポルシェカイエンの魅力について、

 

私見を述べようと思います。

 

 

ポルシェカイエンは、

 

今では日本でも非常に人気が高い車となっています。

 

売れ行きも物凄く、

 

皆さんにも浸透しているのではないでしょうか。

 

 

ポルシェカイエンに関しては、

 

古いものから新しいものまで、

 

人気は高いと思います。

 

 

マカンという名前の別口のものまで

 

出てきてしまっていますからね。

 

マカン の方が価格的にも安いので

 

売れ行きはマカンのほうが多いようですが。

 

 

私が考えるポルシェカイエンとは、

 

やはり955と957の型ですね。

 

この955というのが一番初代の、

 

ポルシェのカイエンですね。

 

その後期モデルが957になるはずです。

 

両車ともフレームは一緒ですね。

 

 

この、SUVとしてのポルシェカイエンの何が凄いのか、

 

という部分について触れていきたいと思います。

 

 

そもそも、このSUVというのは、

 

スポーツ・ユーティリティ・ビークル

 

(英語: Sport Utility Vehicle)の略称で、

 

自動車の形態の一つであり、

 

「スポーツ用多目的車」と訳されます。

 

わかり易くいうと、

 

トヨタのランドクルーザーや、

 

ランクルのプラド、

 

ハイラックスなどをイメージしていただけばと思います。

 

で、その頂点とも言えるのが、

 

ランドクルーザーなのですが、

 

そのランクルとポルシェカイエンを

 

比較してみるとどうなのでしょう?

 

 

まず、カイエンは圧倒的なブランド力はありますよね、

 

なんと言ってもポルシェですから。

 

さらに、それを凌駕するのが、

 

エンジンの性能だと思うんです。

 

SUVというのは、山道、凸凹道をゆったりと走るとか、

 

荒れた路面を走るというイメージが

 

強いのではないかと思います。

 

その場合は、タイヤハイトと言って、

 

厚めのタイヤ、扁平率の厚いタイヤを履くことになります。

 

それによって凸凹を吸収するんですね。

 

さらに四輪駆動でものすごくトルクのあるエンジンで

 

ゆっくり走る、というようなイメージだと思います、

 

一般的には。

 

 

とことが、ポルシェが考えたSUVとは、

 

それとはほぼ真逆の考え方なんですね。

 

まず、エンジンはハイパワーエンジン。

 

初期のものだと、450馬力ほどあります。

 

ターボが2つ付いている、

 

ツインターボのV8エンジンですね。

 

これで、あの物凄いパワーを獲得したわけですね。

 

 

ポルシェカイエンは、

 

2003年から2004年くらいからスタートしているんですけど、

 

この時期においては、もう、

 

ポルシェカイエンの圧倒的なパワーで、

 

一人勝ち状態だったわけです。

 

そんなハイパワーエンジンなので、

 

凸凹道は走れないのかと言えば、そんなことはなく、

 

ちゃんとそこにも対応した仕組みの足回りの

 

セッティングになっていたんですね。

 

それは、エアサス、すなわち、

 

エアバックが付いているエアサスペンションを

 

装備していたということです。

 

なので、凸凹道でもスムーズに走れるようになっている。

 

ここは大きな魅力のひとつですよね。

 

 

そのポルシェカイエンが出てくる前は、

 

ちょうどポルシェの業績が思わしくなかったんですよね。

 

そこで、同業他社のお手伝いのようなことも

 

していたわけです。

 

例えば、ポルシェラインとも言われている

 

ベンツの500Eや、アウディのRS 2あたりも、

 

ポルシェが手掛けた車ですよね。

 

そういう所から、ポルシェはポルシェで勉強して

 

今までの許容範囲を超えた部分での車作りが

 

何か出来ないか、というところで

 

たどり着いたのがSUVだったんだと思います。

 

そして、どうせポルシェが手掛けるのだから、

 

最高性能のものを、ということで産まれたのが、

 

ポルシェのカイエンターボという車だったんですね。

 

金額で言えば、恐らく1400万円前後はしたと思うんですが、

 

それでもやっぱり、

 

性能は他者を寄せ付けない圧倒的な差だったんですね。

 

そこで、各雑誌社がカイエンターボと

 

他社のSUVの対決企画なども行ってはみたのですが、

 

ポルシェカイエンが圧倒的に強すぎるので、

 

取材時にはカイエンターボではなくて、

 

ひとつ下のグレードのv8エンジン4500ccの

 

カイエンSを持ち出してきたりしてました。

 

でも、実際はこのカイエンSでも、

 

ほかのあらゆるSUVよりも、

 

性能は一段も二段も上だったんですよね。

 

ですが、さすがに2003年や2004年のあたりとなると、

 

今では年式も相当古いですし、

 

さすがに値段も手頃になってきたので、

 

中古の外車のSUVとしては

 

ポルシェカイエンはおすすめですね。

 

 

この時代の会社の中古車を見てみると、

 

というか外車全般に言える事ですが、

 

足回りがかなりしっかりとしているんですよね。

 

まず、ヨーロッパ、特にドイツには速度無制限の

 

アウトバーンがありますから、

 

そこを走る前提として設計されているんですよね。

 

ですから、例えば足回りのアライメント、

 

つまりタイヤの向きですね。

 

そのタイヤの向きも、ハンドルを曲げた時の向き、

 

あるいは真っ直ぐ走るための

 

直進安定性を重視したタイヤの向きなど、

 

それらをあらかじめ想定した上で

 

設計されているのでものすごく安定感があるわけです。

 

つまり、形式はポルシェのSUVとはなっていますが、

 

実はスポーツタイプの、

 

オンロード向けというイメージの方が

 

強かったりするわけです。

 

 

もともと、このポルシェの955の流れが

 

どこからきたのかという点での私見を述べたいと思います。

 

80年代半ば頃に、

 

WRC世界ラリー選手権のカテゴリーのなかで、

 

グループBというのがありました。

 

このグループBというのは、

 

200台の車を製造することによって、

 

その車をグループBというカテゴリーで出場できますよ、

 

というものだったのですが、

 

そこでポルシェもポルシェ959という

 

物凄い性能の車を作ったんですね。

 

今はとてつもない金額の車になっているのですが。

 

しかしながら、この時に、

 

ランチャーというメーカーの車が、

 

グループBのレースで人の山に突っ込んでしまう

 

という大事故を起こしてしまったんですね。

 

そのため、グループBというカテゴリーが

 

廃止になってしまったんです。

 

ポルシェはせっかく高性能の959を作ったのに

 

それを発揮する場がなくなってしまったわけです。

 

それで、どうしたものかと考えたところ、

 

あの、砂漠などで有名なパリダカール・ラリー、

 

パリダカにこの959を持って行ったわけです。

 

そして、この時に得た様々なデータを、

 

ポルシェカイエンの製作時にも参考にしたのではないか、

 

と私は考えています。

 

このように、SUVとしての高性能な部分と、

 

スポーツタイプにも引けを取らない、

 

そこらへんのスポーツカーよりも断然早く走れてしまう、

 

という点を考えても、ポルシェカイエンは

 

外車の中古車の中でもかなりのオススメ!

 

となるわけです。

 

非常に魅力的な車だし、

 

初期のカイエンは価格的にも十分手の届く範囲なので、

 

検討してみる価値は十分にあると思います。

 

私のところにご連絡いただければ、

 

しっかりと相談に乗らせていただきますよ(笑)

 

WRCラリージャパン2019、残念ながら復活見送り・・・

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こんにちは!

MEDUSAのスズキです!

去る10月12日に、

フランスのパリにて

FIA世界モータースポーツ協議会が開かれました。

そこで事前に報道があった通り、

ツール・ド・コルスが残り、

ラリージャパンが含まれない

世界ラリー選手権(WRC=ワールド・ラリー・チャンピオンシップ)

のカレンダーが発表されてしまいました( ;∀;)

発表されたカレンダーは以下の通りです。

 

 

2019年 FIA世界ラリー選手権(WRC)カレンダー
第1戦 モンテカルロ 1月24~27日
第2戦 スウェーデン 2月14~17日
第3戦 メキシコ 3月7~10日
第4戦 フランス 3月28~31日
第5戦 アルゼンチン 4月25~28日
第6戦 チリ 5月9~12日
第7戦 ポルトガル 5月30日~6月2日
第8戦 イタリア 6月13~16日
第9戦 フィンランド 8月1~4日
第10戦 ドイツ(日程確定待ち)8月22~25日
第11戦 トルコ 9月12~15日
第12戦 英国(日程確定待ち)10月3~6日
第13戦 スペイン(日程確定待ち)10月24~27日
第14戦 オーストラリア(日程確定待ち)11月14~17日

※出典:https://f1-gate.com/wrc/calendar_45301.html

ご覧の通り、WRCラリージャパンの復活は

見送られてしまいました。

すでにみなさんもご存じだとは思いますが、

すでに複数メディアが報じています。

2018年8月には委員会の中心を担う

株式会社サンズという会社

WRCプロモーターとの開催契約を結んだこと、

FIAに申請を行ったことが知られていました。

ところが、来シーズン向けでは、

日本だけではなく、チリも名乗りを上げ

今季限りの予定だったツール・ド・コルスも

残留確定になった様子です・・・。

日本とチリを含めてしまうと

WRC年間開催数は全15戦に上がってしまい、

TEAMの立場で考えると

輸送費などの経費が膨れ上がるため、

FIA等で開催数全14戦に抑える方針が

とられることになってしまいました。

その結果、ラリー・ジャパン復活は

見送られる事に至ったようです。残念!

事前の情報では、

ラリージャパンはツール・ド・コルスに代わって

カレンダー入りするのでは、

とも言われていただけに残念でなりません。

世界ラリー選手権(WRC)は、

過去北海道でラリージャパンとして

2004年から2010年まで

日本ラウンドが6回開催されていましたが、

その後は日本での開催はありませんでした。

今年の8月には、WRCプロモーターと

WRC日本ラウンドの開催契約を

締結したことを発表しており、

開催地は愛知県と岐阜県の2県にまたがる

地域での開催を予定し、

イベント施設は愛・地球博記念公園(モリコロパーク)

の使用を計画までしていました。

さらに、日程は、今回の12月に発表される

FIAの国際競技カレンダーへ掲載されることで正式開催決定!

という運びになるはずでしたが、

結局は、非常に残念な結果となってしまいました。

熱狂的なWRCファンとしては、

2020年ラリー・ジャパン開催に向けて仕切り直しを見守り、

応援したいですね。

すでに日本とケニアは、

2020年のWRCカレンダー入りを目指し、

2018年中にキャンディデートイベントを

予定しているようです

2020年こそ、

ラリージャパンのカレンダー入りが実現するといいですね!

それではまた!

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